『うつせみ』(韓・日/2004)
監督:キム・ギドク
出演:イ・スンヨン、ジェヒ



キム・ギドクの最もキレイな愛のファンタジー



<STORY>
チラシを家々に貼り付けて留守宅を探し出し、侵入して住人が戻るまで気ままにくつろいで過ごすことが日常の青年テソク。
いつものように忍び込んだ裕福な家でくつろいでいると、顔にあざをつくった人妻ソナがいることに気づく。
ソナは暴力的で束縛の強い夫の支配に苦しんでいたのだ。
言葉を交わすことなく魂が共鳴し合ったふたりの逃避行がはじまる――


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キム・ギドクは愛を抽出するひとだ。
ことばも、かたちも、重さも、お金も、生活も、すべてを超越する愛を、何層ものフィルターにもかけて、
より純度高く抽出するためにろ過を繰り返しているように思える。

そのフィルターは暴力であったり、性であったり、死であったり、美であったり、罪であったりする。
そして『うつせみ』でそれは「静寂」だ。


主人公の男女は、劇中ほぼ言葉を発しない。
ソナは後半に「ご飯ができたわよ」というセリフだけだし、テソクにいたっては本当にひとことも言葉を発しない。


ふたりの関係、ふたりの名前、ふたりの生い立ちは説明されることはなく、ただ今が映し出される。



わたしたちと同じ世界に生きている設定であるはずの主人公たちは、ときに残酷すぎるほど、ときにコミカルに映るほど、浮世だっている。


やがて、現実と夢の境界線はなくなり、すべてがうつせみかのような夢心地が観るものを支配する。


名前、肩書き、過去といったものは、愛の前に意味をもたなくなる。
だけど、そんな愛、この世にはたして存在するのだろうか。うつせみでしかないのだろうか。
キム・ギドクはそれを、笑っているのか泣いているのか、どちらともつかない表情でお腹の真ん中に投げつけてくる。

愛って名前をつけてるものは、実はただの幽霊だったり。
ただのまやかしだと思っていたものが、実は愛だったり。


非常に静かで美しくて、するどく尖った怖い作品。

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