『私の男』(日/2014)
監督:熊切和嘉
原作:桜庭一樹
出演:浅野忠信、二階堂ふみ


むきだしの野生な二階堂ふみ。
顔の筋肉の動き1mmの美学な浅野忠信。



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健全、不健全。
本物、偽者。
あるべきすがた、タブー。
太陽、月。
赤、白。
金、肌。



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<STORY>
自然災害で家族を失った花(二階堂ふみ)は、遠縁の親戚淳悟に引き取られる。
北海道紋別の厳しい寒さのなか、寄り添いながらふたりは暮らすが、その関係は父娘という関係を超えていく。
ふたりの関係を知った地元の名士、大塩の存在が”ふたりだけの世界”と”外世界”の間に大きな摩擦を生み出していく――。


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2014年モスクワ国際映画祭をにぎわせた、いわずも知れた話題作。
二階堂ふみという才能の開花や、彼女の芝居の素晴らしさはもう語られつくしていたし、
実際に、この映画での彼女は、人間の体をメスで切ってココロという臓器を生で見てしまったような、
ドキっとさせられる野生的な方法で人間の”核””性(サガ)”を体現していて素晴らしい。

女はあるとき、女として生きていくことを覚悟して、自分で決めてその生を生きるんだと彼女をみて思った。
無邪気なふりをして、気がつかないふりをして、寛大なふりをして、欲しいものを手に入れたり、いらないものを殺したりする花は、
誰よりも無垢に弱者という仮面をかぶって(あるいは本当の弱者なのだけれども)、すべてをコントロールしようとするのだ。


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で、浅野忠信。
わたしのリアルタイムでの邦画人生は、この役者とともにあるのだけれど、今まででいちばん唸ってしまった。
昔、北野武が、「彼はそこにたっているだけで物語を語ってしまうような稀有な俳優」というようなことをたしか『御法度』のときに言っていた。
そのとき浅野忠信が大好きだったわたしは「そうそうそう!」なんて嬉しく思っていたが、15年(!)経って、今この言葉ボディブローのようにきいてきた。
だって本当にそうだったから。

劇中、本当に何言ってるのか聞き取れないことが多々あり、本当に憎たらしかったり惨めだったり、無鉄砲だったり、嫌悪感を抱いたり。
でも、花と一緒に、雪のなか、遠くから帰ってきた淳悟がとても素敵に見えたり。

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とにかく、淳悟そのもので、だけどそれは、20年くらいまえの「なんか雰囲気がある浅野さん」ではなく、眼球の動き、顔の筋肉の1mmの動き、タバコのすい方――すべての細部から彼の肉体が役を語っているのだと気がついてしまって、大げさではなく胸がどきりとした。
「なんか雰囲気がいい」と思っていたものは、人間としてみてはいけないような、ヤバイものの正体だった。

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この映画は賛否両論あると思う。
テンポだったり、過剰さだったり、あるいはその過剰さとのバランスだったり、台詞だったり。
だけど、二階堂ふみという女優の躍動する野性に加え、今改めて浅野忠信という役者をリアルタイムで観られることの幸せを感じる映画だった。

ちなみに藤竜也をはじめとした他キャストも素晴らしく、役者の力や華について考えさせられた。


印象的なラストシーンのなかでも、最後の浅野忠信の顔筋の動きが忘れられない。




コントロールされてたはずが、いつのまにかしていたり。
だけどそれは、必ずしも不幸なことではない